オルタナティビスト視点での忖度なし書評。読む必要を感じなかった、橘玲(タチバナ アキラ)氏の2017年・新書大賞の受賞作「言ってはいけない 残酷すぎる真実(新潮新書)」を扱います。(聞き手:本体、話し手:折田ちなむ)
(本体:以下「本」)
60万部突破の新書大賞を受賞しているような超売れ筋書籍を、「読む必要がない」と言い切って大丈夫ですか?(オロオロ)
(折田:以下「折」)
仕方ないかなと思います。
あくまで私個人の感想ですが、「冷笑系」×根拠があるか・ないか定かではない情報をかき集めて並べた「情報の列挙」としか感じられませんでした。
ぶっちゃけこの本こそ、書籍名のまんまの「言ってはいけない」≒「言う必要のない/出版する必要のない本」だと思います。
本:
なかなか手厳しいですね。
折:
手に取ったとき、期待値が高かったことによる反動もあるかもしれません。
岡田斗司夫氏がYouTubeで橘玲氏のことを絶賛していたんですよ。
で、同時に橘玲氏の真逆に位置する論客として内田樹さんのことも絶賛されていたので、「内田樹さんの対極と位置付けられた人物の書籍だから、これは読む価値ありそうだな」と。
本:
ちなみに、「言ってはいけない・・・」の内容はどういったものなのですか?
折:
内容を本当にざっくりまとめると、「人は遺伝によってかなり多くのことを運命づけられているのだから、努力したり、環境を良いものにしたりしても、それは無駄ですよ」ということを仰っています。
冒頭に「本書で述べることにエビデンスがある」と書いてあるものの、巻末の参考文献集を見ると、ご本人が国内外の論文やデータを原著で読み込んで精査したわけではなく、日本語訳された書籍から使いやすい資料やデータを持ってきて論理構成をしている感じです。
また、そもそも元の国内外の論文が各学会からどのように評価されているのかなどもわかりませんし、こんな緩い形で「残酷な真実をみよ!きれいごとにだまされるな」なんていう扇動的なコメントをつけて、売っていいのかな?と率直に感じました。
要は、「超うすっぺらい内容」を面白おかしく書いた情報まとめですね。
本:
例えば、どんな「残酷な真実」が書かれているのですか?
折:
あまりにもつまらないというか、中身がないので半分で読む気をなくし、2/3で読むのをやめたのですが、
例えば、遺伝によって決まる要素が大きいものとして、
「アルコール等の依存症、精神疾患、重大な犯罪や反社会行動(殺人、レイプ、性的な異常など)知能、美貌」
などが挙げられ、「遺伝が全てではないが、遺伝が大きく影響する。だからその残酷な現実を直視して、その上でよりよい制度を作りましょう。きれいごとの論理だけでは、世界は救われませんよ」と説くわけです。
本:
非常に申し訳ないのですが、橘玲氏の論にも一理あるようにも感じました。
つまり、例えば「薬物依存症になった本人だけに責任があるのではなく、遺伝で仕方ない面もある。その遺伝でどうしようもない部分をあらかじめ織り込んで、事前に予防策を講じたり、発症したときに温かい目で社会が理解をして依存症患者も幸せに暮らせる環境を作ったり、そんな社会にしませんか」ということですよね?
折:
好意的に読むとそうなりますし、それが書籍の伝えたいことだと思います。
ただ、そもそもになりますが、書籍中に出てくる数々の「科学者たち」や「研究・調査結果」というものが、本当に真実なのか?という疑問があります。
日本人って、なんとなく海外、特に欧米の科学者の名前を出されると、無条件にありがたがるところはないですか?ある時代のアメリカの、特定の地域の、ごくごく限定的な事柄を説明しかできないはずの調査結果だったとしても。
本:
まあ、それはそうかもですね。国外の「進化生物学」の分野でどんな研究者が評価され、逆に評価されていない研究者や論考が何か、なんて自分のような素人読書は判別つきませんからね。本に書いてあることを信じるしかないというか。
折:
そこがこの著者のうまいところという、狡猾なところかなと思います。
数多くの科学者の名前を出し、調査・データも断片的に多数示し、論文の細やかな裏取りや全体の説明はせずに要素だけを畳みかけるように読者へ投げつけていくんです。読者は「ドイツの〇〇さんが出たと思ったら、次のページにはアメリカの〇〇さんの論文の話か。なんかわからんけど、そうなのかな」と思うしかないですよね。
そうやって煙に巻くような形で何となくの正しさを信じさせた、その上で「美貌格差」や「経済格差」、「馬鹿は遺伝か」、「面長の顔の人は幅の広い顔の人に殺される」などなどの、人の心の下衆な部分に響くワードで興味を引くように仕掛けています。
本:
人って、実はそういう下世話なこととか知りたいって思っちゃうんですよね、残念ながら。
折:
私もそうです。見ちゃいますよ、なんだか気になって。
恐らく30代前半までの幼稚な思考の私がこの本を読んだら、「なるほど!こんなに具体的なエビデンスと根拠に基づいた説明がされているのだから、これは揺るがない事実だ。その残酷な現実を踏まえた、現実的な社会づくり・組織作り・政治が必要だ。きれいごとではなく、具体的に物事を動かせる政治家や経営者などのリーダーが世の中に求められている」と、ある種の感銘を受けていたかもしれません。
本:
もちろん、書籍の内容に真実の要素もあるとは思いますが、「残酷な真実」を多くの日本人が読んで、何を得るのでしょうか?
折:
何もないと思いますよ。
「自分は遺伝でエリートになることを運命づけられた人間なんだ」と傲慢に思う人もいるでしょうし、
「私はだから依存症で苦しんでいる。それは仕方ないことなんだ」と人生を諦める人も出るでしょう。
あとは、書籍全体に「すべてを数字で判断する。経済合理性のみの損得で〇×つける」という思考と、「(著者自身は)庶民や貧民をの哀れな姿を分析して啓示を与える偉い存在だ」という選民思考が透けて見えるのも、ちょっとな・・・と感じますね。
本:
まさにオルタナティビスト的な視点では「読む必要がない本」なんですね。
折:
読んだほうがいいとお薦めする理由が、1つも見つかりません。
あ、うそついちゃいました。1個だけナルホド!と思った箇所がありました。
「進化論の観点から、早漏の男性は進化している。つまり、周囲に危険がある中で、できるだけ早く事を終了させるリスク回避の能力が進化した結果である」的な内容があり、なるほどなと。
本:
しょうもない「なるほど」ですね。残念です。
折:
大変失礼しました。でも、ほんとにそこしか印象に残らなかったんです。
ということで、こういった本を読むくらいならホリエモンのYouTubeを5分観て、「へえー」ってエンタメとして楽しんだほうがまだましですね。