現場で起こであろう地獄絵図「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」vol.2

「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」に関する1回目のコラムでは、事業の概要や、“美味しい”ビジネスに関する懸念などをお伝えしました。2回目は、より具体的に現場で起こるシーンを解説していきます。(聞き手:本体、話し手:折田ちなむ)

目次

現場で想定される地獄絵図

「転職ありき」のキャリア相談

(本体:以下「本」)
リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業の対象となるには、「キャリア相談+リスキリング講座提供+転職支援+フォローアップ体制あり」の4つが必要とのことでしたが、それぞれで想定される「地獄絵図」を解説いただけますか?

(折田:以下「折」)
では、まずは「キャリア相談」からいきましょうか。

私は大手人材紹介会社で6年以上のキャリアアドバイザー経験があり、国家資格のキャリアコンサルタントも保有しています、一応。
なので、けっこうリアルな場面が想像できます。

様々な論点があると思いますが、2点に絞ります。

1.そもそも「キャリア」支援をできる人材がほぼいない

多くの人が誤解していることを、まず指摘しておきます。
「キャリア=職業のことだけではない」、という認識をまず根底に置かないといけないと思います。

キャリアとは、ざっくりいうと「職業(仕事)、家庭、地域、学び、老後など」の人生全体をとらえたもの」と理解すべき。

しかし、日本社会の一般通念では「キャリア=職業(仕事)」とされているため、キャリア相談というと、多くは「転職の相談」や「会社の中でのキャリアパス(どういう仕事をしていくか)の相談」に限定されています。

本:
つまり、今の日本で実施されている「キャリア相談」はまやかしであり、「キャリア相談を提供している人々」も本来的なキャリア相談ができていないのでは?ということでしょうか。

折:
おおむね、その通りだと思います。
転職の相談もキャリア相談の一部なので、「まやかし」とすると言いすぎだと思いますが、相談者の人生全体を見たキャリア相談には程遠いと思います。

私自身の人材紹介会社でのキャリアアドバイザー経験や、周囲の何百人といた同僚キャリアアドバイザーの姿勢、キャリアコンサルタント資格の研修や資格更新研修で出会った人々(企業人事、フリーランスなど)の姿からも、本来的なキャリア相談に対応できる人は、私も含めてほぼいないと感じます。
(対応可能だとすれば、資格講習の講師になっているような超ベテラン・別格な方々だけでしょうか)

本:
それでは2点目の問題点は何でしょうか?

折:
2点目は、1つ目からつながる内容です。

2.「転職ありき」のキャリア相談になる

キャリア相談を提供する側が、相談者の人生全体を視野に入れて対応することができないため、おのずと最もわかりやすい「転職」を相談のゴールとして設定することになってしまいます。

また、そもそも「キャリアアップ支援事業」が、「転職(成長産業への人材の移動)の推進」なので、より一層その「転職させる」傾向に拍車がかかるでしょう。

例えば、こんな3つの考えを持った40代の男性がキャリア相談に来たら、どうなるでしょうか?

A.仕事でのスキルアップや、収入アップはしたい。
B.小さい子どもがいるので、この数年間は子どもと過ごせる時間をなにより重視したい。
C.中長期的には、都心部での生活ではなく、地方や海外での生活も視野にいれて各地を視察している。

十中八九、BとCの希望や考えはスルーされて、Aの職業・転職の話に終始することになるでしょう。

形式的に「家族との時間を大事にできる会社を探しましょう」や「地方の求人も検討してみては?けれど、収入面や仕事の面などで懸念事項もあると思います」のような、もっともらしい対応をされて終わり、でしょうね。

「形だけ」のリスキリング講座提供

本:
現状の「転職ありきの狭いキャリア相談」をさらに加速させて、良くない方向に進めてしまう、そんなリスクがあるということですね。
続いて「リスキリング講座提供」についてはいかがでしょうか?

折:
「転職」以外のキャリアの選択肢を視野に入れることができないキャリア相談と、「転職の推進」を目的とするキャリアアップ支援事業の在り方から考えると、基本的に「形だけ、リスキリング研修を受けましたよ」となるのは目に見えていると思います。
食事で言うと「つけあわせ」のパセリみたいな感じです。食べても食べなくてもいい、みたいな。

もう少し言うと、以下のように前段階の「キャリア相談」が適切に実施されないので、相談者の今後の人生において必要となるであろうリスキリング講座を受講する、ということにはならないと思います。

キャリア相談の目的リスキリング講座
あるべきキャリア相談全体的なキャリア支援相談者が必要な講座
現実のキャリア相談転職支援・転職活動の負担にならない講座
(回数、開催頻度、オンライン可等)
・今後の役に立たない講座

「数字・売上」に突き動かされる転職支援

本:
4段階のうち2段階目で、すでにお先真っ暗というか、ダメダメな感じを受けますが・・・
とりあえず3つ目もいきますか。

折:
3つ目の「転職支援」の現場も、「キャリア相談」→「リスキリング講座提供」とつながり、苛烈な転職支援合戦が繰り広げられることになるでしょう。

主戦場は人材紹介会社になりますが、民間の有料職業紹介事業所は2022年3月(令和3年度)時点で約2.8万。20年前と比べると、6倍弱まで増えています

資本金500万円と営業力(採用企業とのコネクション)だけがあれば、キャリアコンサルタント的な知見や経験が無くても、人材紹介事業を開始できてしまいます。

厚生労働省 ⺠営職業紹介事業所数の推移https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000920809.pdf


スカウト型サービスなどの求職者DB(データベース)に代表される人材サービス・ツールの充実や、ローリスク・ミドルリターン(商品在庫や人を雇用する必要なし/人材紹介手数料の高さ=年収1000万円人材の転職を支援するとおおよそ350万円の手数料をゲット)のビジネスモデルが美味しいねと、参入者が多いためです。

これが何を意味するかというと、以下のようなことが考えられます。

  1. 低品質の人材紹介会社が跋扈する
    本来的なキャリア相談をして、必要なリスキリング講座を提供し、転職することになったら丁寧に対応する人材紹介会社よりも、営業力が優位だったり、「キャリアの選択肢は転職一択です!」と視野が極限的に狭く転職を強引に進めて「押し込める」人材紹介会社の方が業績が上がり、補助金を多く受け取り、生き残るのではないでしょうか。

    そういった「営業系」の人材紹介会社の現場では、日次・週次・月次で豊富なKPI数値が設定され、数値を達成したら盛大に賞賛する本質からずれた制度(月間MVPなど)が構築されています。
  2. 拙速な転職が増加する
    転職ありきのキャリア相談からスタートし、「国・政府のお墨付きもありますし、転職して成長産業にキャリアチェンジすること、それが今のキャリア形成ですよ」という後押しをされることになるので、相談者(個人)も「何はともあれ転職しなくちゃ」となります。
    結果、本来は転職以外の選択肢があったのに、転職をすることに。
  3. さらなる意味のない転職の再生産
    上記の「拙速な転職」が増えることで、タイミングを考えずに焦って転職することで失敗し、再度の転職をせざるを得ない人が多く出てくることが懸念されます。
    転職を繰り返すことになれば、多くの場合、職業キャリア的な損失が大きいです。

    なおキャリアアップ支援事業では、「転職後1年間の就業」が助成金を得るために必要なので、人材紹介各社は「1年間は最低在籍するように」という刷り込みや、「1年超えて在籍してくれたら、あとはお好きにどうぞ」というフォローアップ体制を構築するでしょうね。

「理念倒れ」になるであろうフォローアップ

本:
ここまでくると、もう何もいいことが思いつきませんが・・・。すでに触れられましたが、フォローアップ体制も形式的なものになるのでしょうか。

折:
「キャリアアップ支援事業」の仕組みを作る上で、形だけになろうともこの「フォローアップ」の要素を4つ目に入れたのは良心的だと思います。唯一の美点かと思います。

ただ、私が在籍した企業でも、「転職した方々のフォローアップが大事。1つの事業を立ち上げる」とやっていましたが、理念は良いけど、あんまりうまく機能している印象は受けませんでした。

というのも、フォローアップがなくても良い/重視されない背景には、「転職した人(個人)」と「人材紹介会社」、双方の利害が一致するからなんです。

国の支援事業なのでフォローアップ体制はどんな形であれ構築され、フォローアップも1年間は実施されると思います。しかし、簡易なアンケートメールが送られる、1年後の状況を報告したらAmazonギフト500円がもらえる、などなどが行われるイメージしかもてません。
(ぶっちゃけ、転職して1年後に人材紹介会社からの連絡に対応するのなんて、面倒ですよね)

      本音
転職した人(個人)・転職することが大事。人材紹介会社の価値や縁はそこで終わり。
・転職先に馴染むのに一生懸命。連絡もらっても逆に迷惑。
人材紹介会社・収益のメインは転職してもらうこと。そこにフォーカスしている。
・フォローアップしていくことは、重いコストでしかない。
・あえてフォローするとしたら、①再度転職してもらって二毛作的に換金化する、②周囲の転職予備軍を紹介してもらいたい、くらいの目的。

キャリアアップ支援事業はどうあるべきか?

他人から要請されるキャリアアップに意味があるのだろうか

本:
2回のコラムにわたって「キャリアアップ支援事業」の問題点について詳細に解説いただきましたが、ではより良いキャリアアップ支援事業とはどうあるべきか。その点について最後にご意見を教えてください。

折:
具体的な〇〇すべきだ、という提案を私からするのは、力不足で難しいです。

が、1つ言えるとしたら、国・政府、人材サービス会社などの「他人からやんややんや言われて考えるキャリアアップ」なんてものに、意味があるのでしょうか。

「キャリアアップ」ということ自体は、それが仮に職業キャリアに限定されていたとしても、個々人にとっては良いことが多いと思います。キャリアアップの意味するところが、収入であっても、役職であっても、スキル面のことであっても。

ただ、まずはそのキャリアアップ(=転職)を推進される裏側には、「国が税収を確保したい」「助成事業を起点に業績を上げたい企業経営者」「とりあえず転職させて数字を上げたら賞与が増える人材紹介会社の現場社員」などといった構図があることを、知っておくべきだと思います。

そして、「なんだか世の中がキャリアアップとか転職で盛り上がっているから自分も」という、誰かが作った大きな流れに流されるのではなく、「自分にとって中長期的に必要な取り組みはなんだろう」や「自分の心が本当に求めているものは何か」を大きな流れから距離を置いたり、別の見方(オルタナティブ)をしたり、じっくり考えること。それが何より大事ではないかと思います。

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この記事を書いた人

折田ちなむ (chinamu oruta)のアバター 折田ちなむ (chinamu oruta) オルタナティビスト/人事領域コンサルタント

◆オルタナティビスト:既存の価値観や視点ではなく、「alternative(オルタナティブ)=別の生き方や見方」を探す人。
◆スタンス:「Unique,Ironical,Nature」をモットーに、「それ、みんなもおかしいと思ってない?!」という本音をアンチテーゼとして発信。
◆「折田ちなむ」とは:世に溢れかえる、ありきたりで横並びのSEOコンテンツではない、本音を発信するためのペンネーム(オルタナティブ→おるた)。
◆プロフィール:40代男性/家族(妻、息子2人)/人事領域のフリーランスコンサルタント(人材業界約15年、国家資格キャリアコンサルタント、2018年独立)/東京・神田にオフィス/某国立大学大学院修了/関東在住/人口3万人の海辺の田舎町出身/市民ランナー(サブ3目標)/読書・書評系Podcast運営

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