ドM化させる装置 360度評価
ある調査結果では、約3割もの企業で実施されている「360度評価」。会社員時代の苦い思い出が満載の経験から、360度評価の「ドM化」機能を語ります。解決のヒントは地方/真鶴の「美の基準」にあり。(聞き手:本体、話し手:折田ちなむ)
目次
360度評価とはナニモノ?
ドMと“成長信者”の大好物
(本体:以下「本」)
先進的な人事制度を採り入れる企業では、当たり前のように導入されている印象の360度評価ですが、折田ちなむさんは実際に経験されたことがあるのですか?
本:
あら、そんなにショッキングなものなのですか?
(それって、単に折田ちなむさんがプライド高いだけなんじゃ・・・)
折:
仰りたいことはわかりますよ。
「あんたが単純にプライド高いから、他人からいろいろ指摘されるのが嫌なだけなんですよね」って、顔に書いてありますよ。
認めますよ、そういった側面も事実あるでしょう。
「360度評価は、自分が気付かない強みや弱みなどを把握して成長できる」という論も、一理あると頭では理解してます。
でも、実際に360度評価のグループフィードバックを受けてみると、まあその時間の居心地の悪さったらありません。
あんなの好きな人がいたら、1000%ドMか、「成長」信仰に取りつかれたおバカさんだと思いますよ。
360度評価を企業が導入する裏目的2つ
本:
ドMとかおバカさんとか、口が悪すぎですよ!少し謹んでください。
折:
はっぁ!失礼しました。つい、360度評価のフィードバックをされている自分の哀れな姿を思い出してしまって・・・胸が詰まって、感情的になってしまうんです。
・・・さて、個人的な感想は一度脇に置き、そうはいっても多くの企業で360度評価の導入が進む背景や目的にも少し触れておきましょう。
前述のリクルートマネジメントソリューションズ社の調査から、企業の導入目的上位5つは以下です。
- 人事評価への反映
- 昇進・昇格の判断基準とする
- 昇進・昇格候補者を選定する基準とする
- 次世代リーダー候補の選抜に活用する
- 対象者本人の気づき・育成に活用する
本:
昇進・昇格や次世代リーダー候補の選抜、ポストオフ(役職定年)する人の選定など、評価される側からすると、かなりシビアというか大きな影響力を及ぼす制度なんですね。
折:
では、オルタナティブ的な視点からも見解を述べますね。
企業が360度評価を導入する目的は、もちろん調査結果にある内容もありますが、裏目的としては2つあると思っています。
- 裏目的1.人事評価の公平さを演出する
-
360度評価では、上司だけの評価ではなく、同じチームの同僚(先輩、同期、後輩など)や近い組織の同僚からの評価を反映します。
なので、その評価が適切かどうかはさておき、「より多様な意見・評価を反映しているので、より公平なあなたへの評価です」という論理が強く打ち出せるようになります。
従業員側は言い返せませんし、管理職なども考えても仕方ないのでそう説明しますよね。
私なんかは「ほんとかな?」って思ってしまいます。お互いが遠慮して可もなく不可もなくの評価をしたり、組織内で弱いモノには超シビアな評価がされたり。
そもそも評価慣れしていない人たちが互いを評価するので、ブレブレだと思いますけどね。
- 裏目的2.従業員をドM化させ、成長の奴隷にする
-
360度評価のフィードバック場面では、だいたいこんな感じの展開になると思います。
- 上司:厳しい意見・評価も、あなたの成長を思ってされたものです。なので、前向きにしっかり受け止めましょうね。
- 上司:いろいろな意見が出ましたが、つまりこれはあなたの今後の成長において、高いポテンシャルがあるということです!喜んでください。
- 同僚:今日フィードバックが出た良いことも改善すべき部分も、同僚みんながサポートしていくからね!明日から、いや今この瞬間から一緒にがんばろう!
- 私:うぅ・・・みんな!こんな私のために評価シート記入やフィードバック会の時間を使ってくれてありがとう!みんなの熱い気持ちに応えるため、おいら頑張って成長していくよ!
まとめると、「改善点が多くてダメなところも多いあなただけど、成長の機会はある。成長できるって素晴らしいよね」です。
ガチガチの制度化しない余白を持たせる ヒントは「美の基準」
360度評価への懸念点 フィードバックをどうする?
本:
360度評価が導入されている・いた企業では、この評価制度に対して懸念点はないのでしょうか?
折:
リクルートマネジメントソリューションズ社の別調査「フィードバックのポイントや目的別の活用事例とは」では、期待される効果と懸念点が、対象者/上司/人事の3つの観点で報告されています。
期待される効果=メリットもありますが、当然、反対のデメリットも大きいという認識ですね。
特に「フィードバック時に感情的な問題が起こらないか」は大きな懸念点と言えます。
- 評価の対象者:自分が想定した評価とのギャップがあったときに受け止めきれない。
- 上司:対象者への結果フィードバックをどのように行えばよいか戸惑う。
- 人事:導入コストが高い(手間暇かかる)、フィードバックの方法を工夫しないと軋轢が生じる。
360度評価が推進される、物事の裏側を見よう
本:
組織として何らかの評価や格付け(等級)は必要かとは思います。その上で、360度評価という仕組みづくりを推進したいという欲求は、どういった立場の方々のものなのでしょうか?
折:
仰るように、組織人数が大きくなると何らかの人事・評価制度は公平性を保つため・不平等感を減らすためにも必要だと思います。
一方で、先ほど一緒に見たように360度評価は評価される側も評価する側も、人事など制度運用の現場としても、負荷が高いものだとも言えます。
では、なぜそんな制度を導入しようとするか?
このコラムでお決まりみたいな回答になってしまいますが、投資家・資本家や企業経営者側の立場から見ると、こんないい仕組みはないですよね。
- ドM化:
従業員が互いを評価し合い、時にはダメ出し・傷つけ合いながらも、「苦しむのって成長のために大事なことだよね」と正当化を勝手にしてくれる。
- “成長教”信者の誕生:
投資家・企業経営者からすると、株価向上や業績向上が何より大事。その目的のために、「従業員が成長こそ正義!自分たちの飽くなき職業キャリアでの成長こそ全て」という成長教の熱狂的な信者となり、自然に自己強化・再生産する組織作りができたら、これは最高ですよね。
本:
折田ちなむさんの考え方の中心には、常に「当たり前とされる仕組みや制度の裏側の思惑を考えよう」「違うオルタナティブな見方をしていこう」というものがあるのですね。
折:
360度評価に関して、完全否定はしません。
私自身、苦い経験ではありつつも、フィードバックされたことが的を得ているなと思ったこともあります。
大学時代まで陸上競技という体育領域にいた私にとって、「成長するためには反骨心や逆境が肝心だから、必要悪みたいなものだよ」という意見は馴染みがあり、同意する部分もあります。
けれども、360度評価に対して「こんなフィードバック必要ですか?」などと否定的な態度をとると「視座が低い」「成長意欲が低い」と全否定され、組織内での評価も下がります。
定期的にドM的に苦痛を味合わせて成長を強制していく360度評価ではなく、もっと個々人が勝手に自然な形で、仕事をしたり生活をしたりできる価値観が広まればいいなと思っています。
もう少しいろいろな組織やコミュニティの在り方を知り、思考を深めて考えていかなければいけませんが、ヒントはガチガチの仕組みにしないこと、だと思っています。
この部分の具体例として、以前の真鶴出版さんのコラムで2回にわたって扱った「神奈川県真鶴町」の独自の取り組み、「美の基準」について、別の機会でご紹介させていただきたいと思います。
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この記事を書いた人
◆オルタナティビスト:既存の価値観や視点ではなく、「alternative(オルタナティブ)=別の生き方や見方」を探す人。
◆スタンス:「Unique,Ironical,Nature」をモットーに、「それ、みんなもおかしいと思ってない?!」という本音をアンチテーゼとして発信。
◆「折田ちなむ」とは:世に溢れかえる、ありきたりで横並びのSEOコンテンツではない、本音を発信するためのペンネーム(オルタナティブ→おるた)。
◆プロフィール:40代男性/家族(妻、息子2人)/人事領域のフリーランスコンサルタント(人材業界約15年、国家資格キャリアコンサルタント、2018年独立)/東京・神田にオフィス/某国立大学大学院修了/関東在住/人口3万人の海辺の田舎町出身/市民ランナー(サブ3目標)/読書・書評系Podcast運営