人的資本経営という欺瞞 ブルシット・ジョブを生み出している

2010年代後半から目にする機会が増えた「人的資本経営」。なんとなく良さそうな概念だからこそ、そこに潜む欺瞞ポイントを解説します。(聞き手:本体、話し手:折田ちなむ)

(本体:以下「本」)
「人的資本経営」という言葉、確かに目にしますが、正直よく理解していないので、基礎的なところから少し教えていただけますか?

(折田:以下「折」)
「人的資本経営」は、経済産業省の定義によると「人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」となります。

要は、これまでは財務諸表に乗る金額・数字(財務資本)が企業価値として説明されてきましたが、それだけではないだろうと。
目に見えない/これまで数値化されてこなかった人的資本も、非財務情報として活用していきましょう、という流れです。

本:
その説明だけ聞くと、良いことのように思えますが、何が問題なのでしょうか?

折:
社内の労働環境の状態や整備度合いはどうか(例:残業時間、リモートワーク体制など)であったり、男女の賃金格差に関して、男女の育児休業取得率などを開示する流れにあるので、企業経営者としてはより良い数字や他と比べて良いものにしていかなければ、そんな動機づけになります。

なので、その企業で働く労働者や転職・求職者にとっては、働きやすい環境になる・より希望に合致した転職先を探しやすくなるなどのメリットもあります。

一方で、「人的資本経営」が注目されるようになった背景も見ていかなければならないと思います。

本:
背景というと?

折:
結論だけ申し上げると、金融資本主義の論理、投資家・資産家の意向が強く反映されていると考えるからです。

もちろん、先ほどお伝えしたように「より良い職場環境・組織・人材育成をしていきましょう」と取り組むことは良い面・メリットもあると思います。

しかし、
・本来は数値化に馴染まないものを、無理やり数値化して判断しようとしている
・企業の経営陣が見ているのは、従業員ではなく、投資家/金融市場である
・人材を「資本」とする=企業経営を行うための「資金/お金」と人を定義している

といった点が問題だと考えます。

本:
文化人類学者のデヴィッド・グレーバーさんも、「ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論」で数値化の問題に触れていましたね。

折:
まさに「人的資本経営」に伴う人的資本の数値化、そして結果的にお金への換算(企業価値、時価総額)は、デヴィッド・グレーバー氏のいう「数値化しえないものを数量化しようとする欲望」だと思いますね。

数字・お金は多くの人が共通理解できる物差し・指標になるので、便利は便利です。
けれど、数値化する意味がないものを、国際標準化機構のISO30414(人的資本情報開示のガイドライン)を作って無理やり数値化する。

その結果、ルールを作るように動いた人たち(金融市場、投資家、資本家)や、ルール運用側(ISOや監査法人、コンサルティング会社)は、メリットを享受したり、自分たちの仕事を生み出せたりしますよね。
それは「ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)」であっても。

本:
少し解像度が上がってきました。企業の人事や経営企画の人などが「どうしたらいいだろう?」と思いながら資料と格闘し、コンサル側も意味ないなと思いながら取り組む。そんな情景が目に浮かびます。

折:
「人的資本経営」という新しいビジネスが生まれ、本当に多くのブルシット・ジョブが作られます。
経営陣や指示する側はまだ楽かもしれませんが、現場は大変だと思います。

ブルシット・ジョブ、つまり「こんな仕事をして誰のためになるんだろう?」、「意味があるんだろうか?」と思えば思うほど、その人の働く意欲は下がるだろうし、生じるであろう不満などを他者にぶつけていく、ぶつけられた人はさらに・・・という、そんな悪いスパイラルにもつながると思います。

本:
欧米がリードして進め、「日本は出遅れているから急いで人的資本経営を強化しなければ」となっている風潮の中、どうしたらいいのでしょうか?

折:
正直、私レベルの知見では答えはわかりませんし、大きな世界の流れに抗うことは容易ではないと思います。

しかし、個々人がまずは立ち止まって冷静に考えることはできると思います。
「人的資本経営は素晴らしい!」や、「人的資本として数値化・透明化することがビジネスとして正義だ」といった、一面的で大きなものに丸め込まれた思考だけでは、危険だと思います。

本:
まさにオルタナティブな思考ですね。

折:
例えば、「人的資本経営」で検索をしても、用語の解説か「人的資本経営はこれからの企業経営で必要だ」という論調を喧伝する記事しか見つからないと思います。

なお、日経ビジネスの「人的資本経営は「社員を大切にする経営」ではない」のような一般的な誤解を指摘する記事もありますが、記事の目線としては「投資家・経営陣」が「いかに労働力/人を効率的に使って投資対効果の高い成果を出すか」と、冷たい目線に感じます。

労働者に対して、「君たち労働者は投資対象だから、効率的に働いてくれたまえ。通信簿も出すからね」、「もし投資対象となるのが嫌なら、投資家や経営陣といった投資する立場になればいいじゃん」と言い放っているのと同じですね。

本:
1つ、オルタナティブな視点を得ることができましたよ。

折:
私の経験値や偏見も入った考えなので、もちろん過不足や理解不足、勘違いもあるでしょう。

けれども、既存の価値観を強化・再生産するフツーの記事や発信は意味がないと思っています。
ので、今後もどんどんこういったオルタナティブな視点を発信していきますよ。

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この記事を書いた人

折田ちなむ (chinamu oruta)のアバター 折田ちなむ (chinamu oruta) オルタナティビスト/人事領域コンサルタント

◆オルタナティビスト:既存の価値観や視点ではなく、「alternative(オルタナティブ)=別の生き方や見方」を探す人。
◆スタンス:「Unique,Ironical,Nature」をモットーに、「それ、みんなもおかしいと思ってない?!」という本音をアンチテーゼとして発信。
◆「折田ちなむ」とは:世に溢れかえる、ありきたりで横並びのSEOコンテンツではない、本音を発信するためのペンネーム(オルタナティブ→おるた)。
◆プロフィール:40代男性/家族(妻、息子2人)/人事領域のフリーランスコンサルタント(人材業界約15年、国家資格キャリアコンサルタント、2018年独立)/東京・神田にオフィス/某国立大学大学院修了/関東在住/人口3万人の海辺の田舎町出身/市民ランナー(サブ3目標)/読書・書評系Podcast運営

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