反対する理由はない施策だけれど、得も言われぬ気持ち悪さ。2023年6月に公表された「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業(経済産業省)」の採択結果(一次)を受け、2回にわたって人材ビジネスの現場経験をもとに解説していきます。※2回目はコチラ(聞き手:本体、話し手:折田ちなむ)
キャリアアップ支援事業に対するモヤモヤ感
“いい”事業なんだろうけど、胡散臭い
(本体:以下「本」)
文句をつける必要がない事業のように思えるのですが、何がそんなに気になるんですか?
(折田:以下「折」)
ね、そうなんですよね。
この事業・取り組み内容や目的の字面だけみると、個人・求職者・働き手にとってもメリットがあるでしょうし、“いい”事業なんでしょうね。
うーん・・・、でもなんだかひっかかるところがあるんですよね。現時点ではうまく言語化できないのですが、黙っているのも嫌だなと思って、コラムにさせてもらってます。
キャリアアップ支援事業の概要
本:
なるほど。では、ちょっと順を追って整理しながら深堀りしていきましょうか。
まずは、この「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」の概要を教えていただけますか?
折:
ざっくり、以下のような内容です。※詳細な公募要項(二次)はこちら
- 予算規模
- 事業の目的
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成長分野への労働力の移動(転職)促進→経済成長する→賃上げ、という循環を生み出す
- 対象事業
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「キャリア相談+リスキリング講座提供+転職支援+フォローアップ体制あり」という、4つを全て兼ね備えた事業者(企業など)が対象(複数企業が領域ごとに分担するコンソーシアム形式も可)
- 採択された事業者(一次募集段階)
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51件(アデコ、エス・エム・エス、エンファクトリー、ガイアックス、コトラ、デジタルハリウッド、パーソルキャリア、マンパワーグループ、ワークポートなど)
- 事務局
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野村総合研究所
※「事業者がいくら補助金を受け取れるのか」などの情報は、本コラムの本筋ではないので、ご興味ある方はこちら(補助金ポータル)などをご参照ください。
踊らされる、人材ビジネスの現場や個人・求職者たち
“お上”による「転職しましょう」というお達し
本:
「退職金の税制見直し」や「自己都合退職時の失業給付(雇用保険の基本手当)の条件見直し」とつながる、政府・国による転職推進の核となる事業のようですね。
折:
総務省の労働力調査(2022年)によると、2022年に転職した人の数は303万人。
労働力人口(15 歳以上人口のうち、就業者と完全失業者を合わせた人=仕事をしている人、休業者、仕事を探している失業者)が約6,900万人なので、労働力人口の約4.4%の人が1年間で転職していることになります。
成長産業へ転職する人を増やす(≒成長力が低い衰退産業の人を減らす・退出してもらう)ことで、日本経済の成長率を高めて企業が稼ぎ(利益)を増やし、労働者の賃金増加へつなげる。同時に、国としても税収が増える、ということです。
理屈はわかりますし、個人が職業キャリア形成の一環として転職という選択肢を選びやすくなるのはいいのだろうなと思いますが、国から言われて転職するというのは、アナキズムではないですが、操り人形みたいでなんだかなーと思ってしまいます。
“キャリアアップ支援”という耳障り良い毛皮をまとった、ビジネスチャンス
本:
また、こういった補助金事業は関係企業・団体が複層化するので、予算735億円というお金が有効に活用されないイメージもあります。
折:
記憶に新しいところでは、東京オリンピックでの一連の汚職事件や不透明な補助金の問題など、大きな問題として取り上げられましたよね。
このキャリアアップ支援事業でも、採択事業者の人材サービス会社としては“美味しいビジネスチャンス”というのが本音だと思いますし、ロビー活動的なものもたくさんあったのではないでしょうか。
そもそも、厚生労働省ではなく経済産業省の事業でもありますしね。
人材サービス会社の中では、「採択されたぜ!補助金の受け取りを最大化するスキームを考えろ!」や「とにかく転職推進という錦の御旗=国のお墨付きをゲットしたんだから、がんがんアピールしていけ!」といった会話や指示がされていると思います。
本:
大手人材サービス会社で6年間勤務経験がある折田ちなむさんの実体験から、転職支援・キャリア相談の現場ではどういう受け止め方をするのですか?
折:
最前線の現場は、「あ、そうなんだ」と冷めてると思います。
ピュアというかイノセント(素直すぎる)人は、「社会に貢献しよう」と思うかもしれませんが。
中間管理職は大変ですよね。具体的なスキーム考えたり、現場への指示をしたり。
「また余計が仕事が増える」というのが率直な感想だと思います。
うれしいのは経営陣や投資家ですよね。
採択事業者になると業績が上がり、株価も上向いたりしますから。
まさにビジネスチャンスです。
本:
このコラムでも繰り返し言及されていますが、「国・政府が推奨しているから」「経営者が意義がある言っているから」ということではなく、その裏側や別の見方が(オルタナティブ)が大事ということですね。
折:
周縁的な話でいうと、私も保有している国家資格のキャリアコンサルタント資格。
この資格を取得して5年+更新もしましたが、いろいろな意味でほぼ価値がない資格なのですが、今回の支援事業では「外部専門家」としてキャリア面談を委託され、おこぼれをもらえるからラッキーみたいな人も出てくるでしょう。
(なお、資格更新時に講習受講が必須なので、これもブルシット・ジョブ的なビジネスですが、人材ビジネス会社へ数万円とはいえ払うことになります)
ちなみに以下が「補助金の支払額の算定方法」です。
具体的に人材ビジネス各社がどのような規模感や形式でやるのかわからないのですが、
・個人の集客2万人以上→システム構築・運営費で7,000万円(大手だと集客するでしょう)
・リスキリング経費→一人当たり最大56万円の補助
ということで、こういうお金周りに目ざとい人材や外部コンサル・補助金獲得支援の士業(社労士、行政書士など)にとっても、美味しいビジネスですよね。
キャリア相談や転職支援の現場で起こるであろう未来
本:
「ビジネス」なので仕方ないというか、きれいごとだけでは通じないということなのかもしれません。ただ、本音と建て前のギャップが大きいのかな、と思います。
折:
人材サービス会社も「売上・利益を上げることで事業継続をし、従業員の雇用・賃金を守っているんだ」という論も1つあると思うんです。
けれど、予算規模735億円という、庶民では想像がつかない大きなお金が動き、エサに群がるアリのように企業が取り合う。この世の中をより良くしていこうという考えよりも、「カネありき」でその後にとってつけた「理念」を語っている、そんな風に感じます。
次回のコラムでは、超・具体的にキャリア相談や転職支援の現場でどういうことが起こりえるのか、その地獄絵図的な話をしていきたいと思います。