2014年からの10年間(2024年度末)で、キャリア・コンサルタントを約4倍の10万人にする政府の「10万人計画」。2回にわたってコラムで扱った「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」とも関連し、「誰の・何のための10万人計画なのか?」に疑問・懸念を持っています。(聞き手:本体、話し手:折田ちなむ)
年収100~200万円台。粗製乱造されるキャリア・コンサルタントたち
キャリア・コンサルタントたちも被害者
(本体:以下「本」)
「10万人計画」って、文字面だけみると怖いですね。映画やアニメ、例えば進撃の巨人なんかに出てくる「政府にコントロールされる」というニュアンスが漂って。
(折田:以下「折」)
私も国家資格キャリア・コンサルタントを保有しており、その厚生労働省のKPI達成にカウントされているわけなので、複雑な気持ちです。
で、実はほとんどのキャリア・コンサルタント資格保有者も、「ピュアな心を実現しない夢や理想で踊らされた被害者」だと私は思っています。
労働政策研究・研修機構という独立行政法人が調査をした「第2回キャリアコンサルタント登録者の活動状況等に関する調査(2023年)」がキャリア・コンサルタントの厳しい現実を如実に示してくれています。
3つのグラフ・表を扱って解説していきます。
- 1.年収100~200万円台のキャリア・コンサルタントがざらにいる
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以下のグラフにあるように、キャリアコンサルティングに関連する活動が(仕事の)80%以上である「フリーランス・個人事業主」や「非正規雇用」の年収は、100~200万円台になっています。
「非正規雇用」は400万円台にもう1つの山がありますが、所属する企業や学校等によって「年収の幅がある、高い場合はラッキー」ということだけだと思います。
同調査の中で、非正規雇用の契約期間は「6か月超~1年以下」が34.0%と最も割合が高く、具体的には年収条件が良い場合は以下のようなイメージでしょう。
・大学等のキャリア支援室、半年や1年契約、年収300万円~
・人材紹介会社のキャリアアドバイザー、3年有期雇用、年収360万円~ - 2.大企業に所属していないと仕事がない
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以下の表から明らかなように、正規・非正規問わず最も多くキャリア・コンサルタント有資格者が所属しているのは、1000名以上の大企業です。
大企業の中で、事業会社などであれば人事部、人材会社であればキャリアアドバイザー、という働き方がメインであるという、資格講習で出会った方々の「(仕事がないという)愚痴」や「今現在の仕事の話」を聞いた実感値に沿っています。 - 3.学生アルバイト以下の収入
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こちらのグラフはさらに衝撃的です。
フリーランス・自営のキャリア・コンサルタントが直近1年間に受けた仕事件数(月間)の数値です。
月1件が10.7%でトップ。仕事の内容にもよりますが、1時間のキャリア面談をして1万円として、月の売上1万円では生活が成り立ちません。
仮に中央値(月10件)でも、月10万円の売上だと、悲しいかな、学生のアルバイトとほぼ同じですよ。
キャリア・コンサルタント10万人計画は未達成の見込み
本:
キャリア・コンサルタントの仕事は、「キャリアに困っている人の相談に乗り、悩みを解決する」ステキな仕事というイメージだったのですが、現実は超超シビアですね。
折:
簡単に言うと、ほとんど全てのキャリア・コンサルタントに仕事がないのが実態だと言ってしまってよいと思います。(企業人事や人材会社に在籍の方を除くと、一部の研修講師やベテランに仕事があるだけ)
ちなに私も「キャリコンサーチ」というデータベースに登録していますが、資格取得して6年超で「微動だにしない=何も仕事の匂いがしない」形です。
本:
こういったキャリア・コンサルタント自身の仕事を取り巻く環境が厳しい中、キャリア・コンサルタント10万人計画の進捗状況はいかがなのでしょうか?
折:
幸か不幸か、恐らく未達になるでしょう。
2023年5月末時点で、キャリア・コンサルタント登録者数は「68,096名」
それに加えて、より上位資格の「キャリアコンサルティング技能士 1級・2級」が「11,219名」(2023年3月31日時点)
合計で「79,315名」。目標に対して現時点(2023年7月)で「20,685名のビハインド」です。
残り1年半で試験が5回あるとして、毎回4,000人以上の合格者が必要となります。
ちなみに、2023年3月試験(第22回)の結果を見ると以下の実績です。
実技試験の合格者数≒登録者数増と考えると、「3,300人×5回=16,500人」で約4,000人未達と予測できます。
もちろん、国家資格なのに今でも実技試験の合格率約65%の難易度の低い試験を、さらに合格しやすいようにすれば「10万人計画」は達成できるかもしれません。
なお、不肖・私は1回目の受験で学科試験が1点足らず不合格でしたが、その時の学科試験の合格率は30%台だったので、現在の学科試験の合格率80%台ははっきり言って試験の体をなしていないと思います。
受験者数(人) | 合格者数(人) | 合格率 | |
---|---|---|---|
学科試験 | 4,797 | 3,943 | 82.2% |
実技試験 | 5,101 | 3,295 | 64.6% |
学科+実技 | 3,942 | 2,338 | 59,3% |
・日本キャリア開発協会 キャリアコンサルタント試験結果
・キャリアコンサルティング協議会 キャリアコンサルタント試験 合格発表
キャリア・コンサルタント10万人計画の闇
転職という一大ビジネス
本:
個人としてのキャリア・コンサルタントを取り巻く仕事環境は厳しい一方で、転職ビジネスは“美味しい“のでしょうか?
折:
キャリア・コンサルタントが主に関与するのは転職ビジネスの中でも、人材紹介(職業紹介)領域になりますが、営業利益率が20%ほど見込める、美味しいビジネスと言えますね。
なお、人材サービス産業は大きく分類すると、人材紹介(職業紹介)、求人広告、派遣、請負の4領域があります。
売上規模は人材紹介領域が最も小さい3,876億円ですが、営業利益率が最も高くなり、逆に売上規模が最大の派遣領域(6兆5.798億円)は営業利益率が1.2%程度(一般社団法人 日本人材派遣協会)とも言われています。
なので、以前のコラム「現場で起こであろう地獄絵図「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」vol.2」でも触れましたが、有料職業紹介事業所が20年間で約6倍増えているんです。
本:
営業利益率が仮に20%あるとしたら、それは他産業と比べて相当高い数値ですよね?
折:
ええ。令和4年(2022年)中小企業実態基本調査の「3.売上高及び営業費用」のExcelから、各産業の営業利益率を算出して比較すると、3倍~10倍以上高い営業利益率となり、人材業界ビジネスはかなり美味しいビジネスだということがわかります。
人材紹介 | 全産業 | 製造業 | 情報通信業 | 小売業 | 学術研究等 | |
---|---|---|---|---|---|---|
営業利益率 | 約20% | 約3.2% | 約4.3% | 約7.1% | 約2.0% | 約7.8% |
さらに、コラム「胡散臭くない?「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業(経済産業省」vol.1」でも触れたように、「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」が経済産業省から出されているので、人材業界ビジネスにとっては強力な追い風になるでしょうね。
「お前、いいことしようとしているだろ?」という、やりがい搾取
本:
「お前、いいことしようとしてるだろ?」とは、もしや名作「進撃の巨人」で、訓練兵としての入隊初日にユミルがクリスタ・レンズ(本名:ヒストリア・レイス)にぶっこんだ名言では?!
折:
よく気づきましたね。
一見すると善意で行う行為が、偽善や相手のためにならない結果につながるという意味で、セリフをオマージュ的に利用させていただきました。
このやりがい搾取は2つの方向があると考えています。
- 1.対キャリア・コンサルタント
-
これは冒頭でお伝えした内容と重複しますが、キャリア・コンサルタントたち自身も、
「これからキャリア・コンサルタントが社会から強力に必要とされ、キャリコンの価値が上がり、高い専門性を持てるようになる」
という、実現性の低い夢や理想を信じてやりがいを見出し、「10万人計画」に踊らされてしまった側面が多大にあります。
基本的に、キャリア・コンサルタントを目指すような人は、人間としてはピュアでいい人が多いですからね。
ただ、その「いい人」というのが、「誰かの役に立ちたい」という恩着せがましい偽善的なものになってしまうケースが非常に多いとは思います。そこは以下の2につながります。 - 2.対求職者(労働者)
-
結論から先に言うと、被害者でもあるキャリア・コンサルタントが、次の段階では加害者になる、ということです。
「10万人計画」や「リスキリングによるキャリアアップ支援事業」といった、国が旗振りをしてキャリア相談などの意義を打ち出すと、キャリア・コンサルタントたちは簡単に洗脳されます。
「私たちがキャリアに迷える多くの人々を支援し、社会に貢献しなくちゃいけない!」
という使命感を持ちがちなんですね。
それはそれで美しいのかもしれません。
しかし、本質的なキャリアへの理解もなければ、職業についても人生全般の経験値や視点も狭いキャリア・コンサルタントが大多数なので(偏見)、「いいことしたい」という使命感が強いからこそ個人的な経験や価値観を相談者に押し付けたり、未熟なのに相談を受けても適切な対応ができなかったり、という事態が頻発すると思います。
結果、多くの求職者(労働者)に対して、「キャリアアップを目指すしかないでしょ」「転職でスキルアップすることがやりがいにつながるわよ」「プライベートもいいけど、仕事が人生で最も時間を使うから、職業キャリアが何より大事よ」といった偏った価値観やアドバイスをし、多くの人々がそれを受けて「職業キャリアでやりがいを見出さなければならない」という偏った“やりがい探し”をしていくことにつながると感じています。
キャリア・コンサルタントの価値はあるが
本:
全体的に「キャリア・コンサルタント10万人計画」に対して悲観的なご意見ばかりですが、何か良い部分はないのでしょうか?
折:
つい批判的な意見を展開してしまいましたが、力のあるキャリア・コンサルタントの方の面談はすごく良いと思います。
私自身もキャリア・コンサルタントの研修の中で、講師の方含めて卓越したスキルや経験を持つ方の面談は、自然体で奥深く、感動的でさえあります。
けれど、それはキャリアコンサルティング技能士1級やスーパーバイザーレベルの、ほんの一部の人の話。
結局は、「転職・職業キャリア・スキルアップ」的な内容に終始することになるので、一度キャリア・コンサルタント自身が「転職・職業キャリア・スキルアップ」などだけに閉じたキャリア・コンサルティングをアンラーニングする必要があると思います。
得をするのは投資家・経営者
本:
最後に、「キャリア・コンサルタント10万人計画」のような施策の裏側にあるものを解説いただけますか?
折:
必ず、為政者・経営者などの意図があるので、そこを意識することで、盲目的にこういった大きな潮流に流されないようにする、そういったいことが大事だと考えています。
いつも言う、オルタナティブな視点を持つことです。
国としては、個々人のミクロの生活や想いなどは関係なく、成長産業などへどんどん転職してもらって、税収を維持・向上させたい。
経営者は、人件費をコントロールしたり、組織の流動性を高めたりしたいので、高年齢・高年収の人材よりも若くてお手頃な年収の人たちが常に入れ替わっていって欲しい。
また、企業が従業員のキャリアの大部分の面倒を見るのは負担なので、「キャリア・オーナーシップ」を持って個人でよろしくやって欲しいと考えている。
投資家・資産家は、プロセスはどうあれ、結果的に投資先の株価・企業価値が上がってくれたらOK。
これはあくまで、私の偏見と先入観に満ちた捉え方かもしれませんが、
「国とか経営者が言っていることは参考程度。自分は自分の感覚と価値観を大事にして判断・行動する」
という生き方が今もこれからもキーとなると思っています。