2023年6月7日付けの日経新聞「役員報酬、従業員の働きがいと連動 日立や出光が導入」という記事。この手の偽善的な“お化粧”は止めませんか?(聞き手:本体、話し手:折田ちなむ)
(本体:以下「本」)
従業員エンゲージメント(従業員が感じる企業に対する愛着やつながり)を高めると、役員報酬が上がるという仕組み。今どきで別に悪くないんじゃないですか?
(折田:以下「折」)
多くの人はそう仰いますよね。
まず、従業員エンゲージメントを上げるのは正義だと。
次に、そのエンゲージメント向上に寄与した役員たちの報酬を上げることは当たり前ではないかと。
役員陣の従業員エンゲージメントを高める動機付けになる、つまり従業員の働きがいや働きやすさを重視することにもつながって、win-winにもなるんでしょ、という感じですよね。
本:
「人的資本経営」は以前のコラムでも話題に出ましたが、つながりはあるのでしょうか?
折:
日経記事でも少し触れられていますが、つながっていますね。
2つの視点で考察ができると思うのですが、
1つは、「人的資本経営」や「従業員エンゲージメントを高める」は全面的に良いことだという視点。
もう1つは、「なんのために、従業員エンゲージメントを高めようとするのか?」の背景を考える視点。
どちらの視点で見るかで、意見は真逆になると思います。
本:
では、詳しく解説いただけますか?
折:
まず、“「人的資本経営」や「従業員エンゲージメントを高める」は全面的に良いこと”だと既成事実化したい欲求を持っているのは、投資家・経営陣だということです。
あとはコンサルティング会社などの、「人的資本経営」ビジネスの盛り上がりで収益を出せるプレイヤーもでしょうか。
次に、「なんのために、従業員エンゲージメントを高めようとするか?」は、まさに人的資本経営の本質である、「従業員を意欲的に働かせて、企業収益を上げる。企業価値を上げる」という目的のためです。
つまり、「従業員エンゲージメントを上げる」というと、表面的には「従業員の意欲などを大事にする、良いことだ」と受け止められると思います。
しかし、実際はそうではなく、「企業価値・企業収益を上げるために、道具としての従業員=人的資本を最大限使える状態にメンテナンスしましょうね」ということを言っているのです。
本:
従業員を道具扱いなんて、まさかそんなことを投資家や経営陣も思っていないのでは?
折:
恐らくですが、個々の投資家・経営者の人々も場面によって考えや発言は変わると思います。
例えば、目の前に親しくする従業員がいて、「この人は労働力を生み出す道具だ。我が社の収益アップのために使い倒してやる」とは経営者も思わないだろうなと。
ただ、「経営者目線/投資家目線」になったとき、「企業価値・企業収益の向上」が最優先事項になるため、「従業員=道具」という思考になると思いますよ。
本:
日経新聞の記事にある、役員報酬と連動する部分についてはどうお考えですか?
折:
はっきり言って、また新しいブルシット・ジョブ、必要のない新しいビジネスが生まれるだけだと思います。茶番ですね。
エンゲージメント・サーベイ関連のITプロダクトや研修会社、コンサル会社のビジネスが生まれます。
彼らは知恵を振り絞り、「従業員エンゲージメントの向上=企業業績の向上」というエビデンスを数値で出す工夫をします。(もちろん、従業員がやる気だと、企業業績が上がる部分もあると思います)
他にも、役員報酬の連動部分を設計する面では、金融機関も絡んでくるのではないでしょうか。
また企業内でも、サーベイの導入、実施、経営陣や投資家へのレポートなどの膨大な作業が生じます。
すると、その作業をアウトソーシングするビジネスも出てきますよね。
本:
従業員エンゲージメントを高める、そのこと自体は意味があるようにも思いますが。
折:
ご指摘のように、従業員エンゲージメントが高いことは、悪いことではないと思います。
(個人的には、なんで「エンゲージメント」なんていう横文字を使うのか、少しイラっときますが)
ただ、前の議論に戻りますが、従業員エンゲージメントを高める目的は、
〇企業価値や企業収益の向上のため(=投資家や経営陣のメリットのため)
×従業員のため
という大前提を思い出してください。
役員報酬と従業員エンゲージメントを連動させるということは、より一層、「企業価値・企業収益の向上にまい進させるぜ!」という宣言に等しいと考えます。
本:
ご意見に一定は理解・納得しつつ、ではどうすれば良いと折田ちなむさんはお考えなのでしょうか?そこがちょっと見えなくて。
折:
まずは、こういった金融資本主義を先導するような記事や取り組みをみたときに、「これ、バカなんじゃないか」と思うことではないでしょうか。鵜呑みにしないというか。
優秀とされるビジネスパーソンほど、世の中の流れに乗るのが上手です。つまり、こういった取り組みに賛同・迎合しがちな傾向があるので、ちょっと待てよ、と立ち止まって考えることが必要だと思います。
実際、「従業員エンゲージメントと役員報酬が連動している会社」にいる従業員の気持ちを想像すると、「なんか上の方でやってんな」と本音では冷めているでしょうし、当の役員も「なんだか無理やり感があるな。でもやんなきゃだめだし」くらいを直感で感じていると思いますよ。
本:
組織が大きくなり、欧米含めた世界で事業展開する企業だと、世界全体の流れに抗うことは難しそうな印象も受けますが。
折:
本当にそうだと思います。
私からすると、とっても勝手で偏見満載の意見だと認識しつつ、グローバル企業や大企業、上場を志向する企業などの経営者や従業員の方々は、かわいそうだなと思ってしまいます。
自分自身や周囲の大切な人たちに、ウソをつき続けながら、拡大成長を義務付けられて。
本:
そういった意味で、ローカルや地方移住、小商い、コミュニティといった言葉が最近聞かれるようになってきているのかもしれませんね。
折:
いくつかオルタナティブな選択肢はあると思いますが、その1つには、仰っていただいたような「小さな組織や取り組み」に今後の進むべき道筋があると思っています。
個人的に、石川県、長野県、山梨県、神奈川県など、大都市・金融資本主義に巻き取られない地方での生き方に興味を持ち、訪ね歩いています。
また、東京の神田にもオフィスを借り、気心の知れた経営者たちと「小さな取り組み」を開始しました。
そのことについても別途ご報告しながら、私自身もオルタナティブな生き方を実践していきたいと思っています。