フリーランスとして歩みを進め、またオルタナティビスト・折田ちなむとしての活動も開始。順調そうに見える中での葛藤を伺いました。(聞き手:本体、話し手:折田ちなむ)
(本体:以下「本」)
年収1200万円、独立5年、東京にオフィスを構える、昼間からランニングできる自由なライフスタイル・・・。小さな幸せとしてはいうこと無しですね。
(折田:以下「折」)
これまでのご縁には感謝しかないですね。
ただ、常に「このままでいいのだろうか?」や、「本当に大切なことを見えないふりして逃げているのでは?」などの葛藤はあります。
本:
と仰ると?
折:
フリーランスなので、「仕事がなくなるかも、収入がなくなるかも、体調を崩したらどうなる」、という不安はありますよね。
その不安は誰しもが持つものだと思うので、今はその不安に負けて、金融資本主義的な既存の価値観の世界に巻き戻されないかが、最大の懸念であり葛藤ですよ。
もし、「収入が不安だ」と思って、これまでやってきたような業務委託仕事を取りに行って稼ぐ、ということは比較的できることだと思いますが、それでは問題の先送りにしかならないなと。
本:
わかったような、わからないような、ちょっと消化不良な感じなのですが、「お金の不安」もありつつ、重要なのは「新しい生き方を貫けるかどうか」ということですか?
折:
まさにご指摘の通りです。
「“alternative”に込めたメッセージ」にも書きましたが、油断すると、数値化や可視化の誘惑だったり、誰かに操られた市場で流行っているトレンドに乗りたくなったり、という気持ちがモコモコっと湧いてきます。
けれど、短期的な名声や報酬を得ることや、承認欲求を満たすことを目指してしまうと、本音ではない行動をとり気持ちの無理をすることになるので、長くは続かないことがわかっているので。
本:
フリーランスや起業というと、会社員からすると自由きままでよさそうですが、いろいろな悩みがあるんですね。
折:
御幣を恐れずに言うと、自分が稼ぐだけや有名になるだけを目標にする場合、金融資本主義の世界のルールをうまく利用できるずる賢さとか、割り切り、図太さなどがあれば、そんなに難しくはないと思います。
魂を売ってしまって、シンプルに目的志向だけを大事にやればいいので。
中には、「稼いで資金を持ってからやりたいことをやればいい」とか、「有名になって影響力を持つことが優先じゃないか」という意見もあり、それはそれで1つの方法だと思います。
けれども、みんながみんなそういう方法をとろうとすると、一部の人だけがメリットを得て、大多数の人が搾取される構図が発生しますよね。
本:
例えば、どういったものをイメージすればいいでしょうか?
折:
YouTuberやインフルエンサーで、会員制のコミュニティ/オンラインサロンを運営している場合などは、今どきのわかりやすい搾取構造だと思いますね。
具体的には、有名なところでは「西野亮廣エンタメ研究所」や中田敦彦氏の「PROGRESS」、私が働く人材領域だと「一般社団法人プロティアン・キャリア協会」などが該当しますね。
共通点は、カリスマ性のあるリーダー(教祖)がいて、そこに憧れる多数の人(信者)がいる。理想的な世界・社会づくりを信じて、信者は教祖にお金はもちろん、労働力や時間を捧げる。
けれど、今も今後も実質的なメリットを得るのは教祖だけ、という構図です。
本:
たしかにちょっとオンラインサロンとか怪しい雰囲気もしますが、とはいえ、たくさんの人が支持しているんですよね?
折:
教祖の持つプレゼン力というか営業力の高さゆえ、だと思います。
つまり、ロジカルかつ情緒面にも訴えながら信者を不安に陥れ、同時にそこから救う解決策を提示するというジェットコースター的なプレゼンスタイルです。
影響力が大きいからこそ、信者にならなかったとしても、SNSや各種メディアで彼らの言説を目にすることで、彼らの言説が世の中に広まってしまいますよね。
もちろん、それは「エンターテインメントとして面白がる」で留められたら、別に問題ないと思いますよ。私も話題になったものがあると、そういったインフルエンサーのYouTubeを観て、面白いな、話がうまいなーと思います。
本:
つまりは、そういった「教祖的なエンタメ」に取り込まれないように、オルタナティブなものを発信していきたいということなのですね。
折:
そうですね。
簡単ではないことだと思いますし、まだ具体的に私も見えているわけではないのですが、“大きな数”やお金だったり教祖的な影響力を志向せず、個々人がネイチャーに生きる、オルタナティブな視点・価値観を持って生きる、そんな場を作っていきたいと思っています。